ニュースレター
初めての在宅輸血が照らし出した、多職種連携と意思決定支援の本質
■在宅医療ペディア ー症例カンファレンスー
2026年4月9日に開催した症例カンファレンスでは、悠翔会在宅クリニック船橋より「初めての在宅輸血」をテーマとした症例発表が行われました。本症例は、同院として初めて在宅輸血を実施したケースであり、在宅医療における体制づくり、多職種連携、そして輸血継続の判断を考えるうえで、多くの示唆を含む実践として共有されました。
患者さんは、骨髄異形成症候群から白血病へ移行した89歳の女性。認知症も抱えながら、入院中は1週間から10日ごとに輸血を受けていました。しかし、病院からは「自宅での管理は難しい」として施設入所が提案されます。そうした状況の中でも、ご本人とご家族が望んだのは、「自宅に帰りたい」「できればまたデイサービスに通いたい」という、日常を取り戻すことでした。船橋クリニックはその思いを受け止め、訪問看護師、薬局、ご家族と連携しながら、自宅退院と在宅療養の支援に踏み出しました。
実際に在宅輸血を進める過程では、多くの課題に直面しました。血管確保は容易ではなく、細い針では滴下に時間を要しました。訪問看護の時間的制約、使用済み輸血バッグの回収方法など、病院では表面化しにくい運用上の問題も次々に明らかになりました。在宅で医療を実装するということは、単に医療行為を外に持ち出すことではなく、生活の場で安全に成立させるための仕組みを一つずつ整えていく営みであることが、この症例を通じて浮き彫りになりました。
2回目の輸血では、終了間際に悪寒戦慄と血圧低下が出現しました。在宅という環境では、急変時に病院のような即時対応ができるわけではなく、訪問看護師にとっても大きな緊張を伴う場面でした。それでも、事前にカンファレンスを重ね、異変時の連絡体制や対応方針を共有していたことで、速やかにクリニックへ連絡が入り、医師の指示のもとで落ち着いて経過観察を継続することができました。結果として救急搬送に至らなかったことは、連携の質そのものが患者さんの安全を支えることを示していました。
一方で、この症例の論点は、在宅輸血を実施できたことだけにとどまりませんでした。患者さんの全身状態が徐々に悪化し、発熱、血尿、褥瘡の進行がみられる中で、「ヘモグロビン値が低いから輸血をする」という単純な判断では立ち行かない局面が訪れます。輸血によって何が支えられるのか、いまの身体にとってそれが利益なのか負担なのか。その問いに向き合いながら、ご家族への説明を重ね、最終的には3回目の輸血を見合わせる判断に至りました。
ここで浮かび上がったのが、在宅医療における意思決定支援の難しさです。患者さん本人の希望、ご家族の迷い、病状の変化、医療的な妥当性。そのいずれも切り離しては考えられず、「やめ時」を明確な基準だけで定めることはできませんでした。だからこそ本症例は、医療処置の適否だけでなく、本人らしい最期をどのように支えるかを、多職種で考え続けた実践として大きな意味を持っていました。
発表の中では、患者さんが最期の前日に「あんぱんが食べたい」と話され、ご主人がそれに応えたというエピソードも共有されました。それは、輸血の可否や病状の推移だけでは語り尽くせない、この症例の本質を象徴する場面でもありました。医療を続けるか見直すかという判断の先にあるのは、その人がどのように最期の時間を過ごすかという問いです。在宅医療は、その問いに最も近い場所で向き合う医療なのだと、改めて感じさせられました。
今回の発表は、船橋クリニックにとって初めての挑戦の共有であると同時に、在宅輸血という医療の可能性と限界、そしてその間をつなぐ多職種連携の重要性を改めて示すものでした。患者さんの希望を実現するために、どこまで支え、どの時点で見直すのか。明確な正解のない問いに対して、関係者が対話を重ねながら誠実に向き合ったプロセスそのものが、この症例の最も大きな学びであったといえます。
次回のカンファレンスは、4月23日(木)18時‐19時、対面+Zoomのハイブリッド形式での開催を予定しております。
詳細につきましては、HPもしくはFacebookにてお知らせいたします。