ニュースレター

「助けたい」が仇になる!? 被災地に行かないことが「最大の支援」と呼ばれる理由とは

■JUN’s letter

目の前の「個別の正義」と「全体最適」の葛藤

災害が発生した際、困っている人を目の前にして「何とかしてあげたい」と衝動的に行動を起こしたくなる気持ちは、ヘルスケア専門職をはじめ多くの人に共通する感情です。目の前の被災者に直接水や物資を届けることは、その一人を救う「個別の正義」としては成立するかもしれません。しかし、1000人の被災者に対して全員が個別に自家用車で駆けつけたらどうなるでしょうか。道路は混乱し、重大な事故や渋滞を引き起こし、本来届くはずだった組織的支援を壊滅的に遅らせてしまいます。



善意の車両がもたらす悲劇的なリスク

例えば自衛隊などの公的機関は、大型の給水車やトラックを用いて延べ何十万人分もの生活用水や、病院で命を繋ぐための人工透析用水を緊急輸送しています。もし100リットルの水を積んだ自家用車が1万台以上押し寄せれば、被災地の限られた道路網は麻痺し、自衛隊のタンク車は動けなくなります。その結果、病院で透析が受けられず亡くなる人が出ていたかもしれません。災害支援にガイドラインが存在するのは、これまでの厳しい体験から「全体最適」を最優先しなければ不利益の総量が爆発的に大きくなることが明らかになっているからです。



「急性期」に本当に求められる支援とは

特に災害直後の「急性期」においては、現地の資源を消費せず、公的支援ルートの流動性を確保することこそが最重要です。「自分一人くらい」「知り合いを助けるため」という個別支援のSNS発信は、市民の公的支援への不信感を煽り、結果として被災者全員の不利益に繋がります。実際に現地で役に立ちたいのであれば、あらかじめ災害支援の研修を受け、認証や資格を取得して専門団体に登録しておくことが必要です。それができていない段階では、ものを送ったり現地に乗り込んだりしないことが求められます。



行かないこと自体も大切な支援


被災地に行かなくても、わたしたちにできる効果的な支援は数多く存在します。最も確実で効果的なのは「お金を送ること(寄付・義援金)」です。また、現地で踏ん張っている専門職や自治体の公的支援が円滑に進むよう、邪魔をせずに見守ることも立派な貢献です。「行かないこと自体も大切な支援である」という視点を持ち、自分の衝動ではなく、被災者全体の命と生活を最優先に考えた行動選択が今求められています。



参照元URL:

https://www.facebook.com/junsasakimd/posts/pfbid034wWnDLmYk115UDoEFmJU82LwWVmRZ3utEDpT6UzeLu9zoqYETJ3UP2jRyCrUGZQQl

ページ先頭に戻る