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患者さんを断らない姿勢を貫き、地域から頼られる存在へ/中村 高浩(悠翔会在宅クリニック横浜、院長)、 山口 涼花(悠翔会在宅クリニック横浜、看護師)
■となりのゆうとくん
――二人は悠翔会在宅クリニック横浜の立ち上げ期からのメンバーですが、それぞれ異なる背景から在宅医療の世界に飛び込んだそうですね。
中村:僕は2020年に悠翔会に入職し、品川や川崎のクリニックを経て開設時に院長に就任しました。それまでは脳神経外科医として手術に没頭し、「人」ではなく「病気」を治療することに専念していました。当時は命を削るように働き、あまり家にも帰ることができず、身体が悲鳴を上げ始めていました。長く医師を続けるために働き方を変えようと転職活動をする中で悠翔会に出会い、生活全般を支える訪問診療という未知の世界への挑戦を決めました。
山口:私は卒業後4年半の病棟勤務と半年間の保育園勤務を経て、結婚を機に在宅医療の道を考え始めました。もともと実家で祖父を介護した経験から、「家で過ごすよさ」を感じていましたし、病棟勤務時代も患者さんの退院後の生活がずっと気になっていたのです。そんな時に当院の開設のタイミングが重なり、「かかわったすべての人を幸せに」という理念に深く共感して入職を決めました。
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左:中村 高浩(悠翔会在宅クリニック横浜、院長)、 右:山口 涼花(悠翔会在宅クリニック横浜、看護師)
――立ち上げ当初は、どのような状況からのスタートでしたか。
中村:とにかく“断らない姿勢”と“丁寧な診察”を一つずつ徹底しました。特にこの地域には寿町があり、経済的な困窮や複雑な背景から医療介入が難しく、敬遠されがちな患者さんも多くいらっしゃいます。わたしたちはそうした方々も積極的に受け入れてきました。そうして地域とのつながりができたことで、今では直接ご依頼をいただけることも増えています。
当院には大切にしている「4つの言葉」があります。一つ目は「患者さん・ご家族の価値観を理解し、尊重する」こと。二つ目は、クリニック内でも、地域の多職種とも、「コミュニケーション・情報共有を欠かさない」こと。三つ目は、「困難な事例にも積極的に立ち向かう」こと。楽な方に逃げず、みんなで協力し合い、対応の難しい患者さんも受け入れる。それが地域への貢献になり、少しずつ信頼を得ることに繋がっていったのだと思います。そして四つ目が「正確な医学・看護・介護知識の探究」です。知識のアップデートのため、地域との勉強会なども積極的に行っています。
――悠翔会の理念を、普段の診療の中で意識することはありますか?
山口:患者さんとかかわる際には、理念をどこか意識しながら動いています。当院の訪問診療では毎回医師に同行する看護師が変わるため、患者さんは最初に主治医の名前を覚えることが多いのです。マスクをしているので、訪問時も目しか見えないですしね。それでも、丁寧なかかわりを続ける中で、患者さんやご家族から「山口さん、今日来てくれたのね」と名前で呼んでいただけた瞬間は、本当にうれしく感じます。少しでもその方の幸せや安心に貢献できているのかな、と大きなやりがいを感じます。
――特に心に残っている患者さんとのエピソードを教えてください。
中村:山口さんがいるからこそ思い出すのは、僕がずっと主治医をしていてご自宅でお看取りをした、40代の男性患者さんです。実は、山口さんが在宅医療にかかわって、初めて泣いた患者さんでもあります。
山口:はい、入職して間もない時期の患者さんでした。自分と年齢が近いこともあり、ご自宅で奥様が懸命に介護されていた姿が忘れられません。
中村:その日がくることはわかってはいたのですが、亡くなられたときはやはり、心がぐっと苦しくなりました。最近ですと、川崎のクリニック時代から2〜3年という長い経過をご一緒させていただいた、老衰の女性の患者さんも印象に残っています。「もう生きていても仕方がない」とおっしゃり、最後は目も見えない、声も聞こえない姿を目の当たりにすると、本当に「お疲れさまでした」という気持ちでいっぱいになりました。
山口:お話し好きな方で、こちらのことをいつも気にかけてくださる女性でした。亡くなられる少し前に訪問した際、院長が「何か伝えたいことはありますか」と尋ねると、「先生、ありがとうございました」とおっしゃったのです。
中村:安らかに人生を全うしてもらえたのではないかという満足感と、寂しい気持ちが同時にありました。先輩方から受け継いだ大切なバトンのようなものを、わたしたちも下の世代に受け継ぎ、伝えていかなければいけないと強く思わされました。
――山口さんは2026年3月、法人の研修で、クリニックを代表してフランスの医療視察に参加しましたね。
山口:本当にカルチャーショックの連続でした。フランスでは「在宅入院」という仕組みが定着していて、整形外科の手術後わずか3日目の患者さんが自宅に帰ってくるのです。日本では考えられないことですが、住み慣れた自宅に戻ることで、患者さん自身に「ここで生活していかなければ」という主体性が生まれ、リハビリテーションにも驚くほど積極的に取り組まれていました。病棟と同じ手厚い医療や看護の処置が、自宅でも十分に実現できるのだと「家の力」の凄さを思い知らされました。
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帰国後は、患者さんの状態が少し悪くなったからといってすぐに病院への搬送を考えるのではなく、「どうすればなるべく家にいたいという願いを叶えられるか」「わたしたちに何ができるか」をより深く考え、クリニック内の医師にケアの提案をすることが増えました。
中村:山口さんのように、スタッフが海外の医療制度を現地で学び、その貴重な経験をクリニックに還元してくれるのは本当にありがたいことですし、規模の大きい法人ならではの制度だと感じます。
――2023年6月の開院から3年目を迎え、現在の悠翔会在宅クリニック横浜はどのような組織に成長していますか。
中村:当初からは想像できないほど規模が大きくなり、現在は患者数が300名を超えました。医師が4名、看護師が4名となり、それぞれのチームが責任をもって患者さんを訪問しています。以前のように僕がすべての患者さんの状況を把握することは難しくなりましたが、お互いを信頼し、大きなトラブルなく協力して診療を続けられています。今では、仮に僕が体調不良で休んだとしても、みんなでサポートし合って診療を継続できる体制がしっかりと整ってきました。
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――最後に、クリニックが目指す未来について教えてください。
中村:訪問診療において、わたしたちはこの地域の中核的な存在を担うべき規模になったと考えています。今後は地域の皆さんとさらに密に連携をとり、地域貢献の質を高めていきたいと考えています。同時に、法人の神奈川エリア4クリニックの横のつながりを強化していくことが、今後の課題です。スタッフ一人ひとりのモチベーションややりがいを大切にしながら、仕事と生活のバランスもよいかたちで保っていきたいですね。
山口:私も院長と全く同じ想いです。地域の多職種の方々から「悠翔会在宅クリニック横浜に相談すれば、何とかしてくれる」と頼りにしてもらえるような存在を目指したいと思っています。そして、今後さらにスタッフが増えても「誰が訪問しても、どんな患者さんに対しても、常に同じ質の高いケアを担保できる」よう、院内全体のレベルを高めていきたいと思います。