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あえて急がない-歯科への拒否を生まない工夫/若杉 葉子(悠翔会在宅クリニック歯科診療部 部長)
■在宅医療の究み

在宅医療において歯科がかかわる意味は、「歯を治すこと」だけではなく「食べる喜びを守ること」にあります。なぜなら、食べることは、その人らしく生きるための「力」に直結しているからです。
しかし、訪問診療で歯科医療従事者がぶつかる壁の一つが、認知症の患者さんの「拒否」です。
口の中は非常に繊細で、髪の毛が1本入っただけでも強い違和感を覚えます。口を触られる不安、これから何をされるのかわからない恐怖、あるいは処置に伴う痛みなどがあっても、それをうまく言葉で伝えられないために、“SOS”が「拒否」という行動になって表れることがあります。
ネガティブな感情が一度生じてしまうと、その後も拒否が続いてしまいます。
わたしたちは、いかに拒否を生じさせずに患者さんにかかわり続けられるか、試行錯誤しています。
その基本となるのが「ユマニチュード※」です。以前、自分はよくマスクをはずして笑う顔を見せるようにしていましたが、コロナ禍でできなくなってしまいました。最初は拒否なく診療できるか不安がありましたが、いざ始まってみると、思ったほどの影響はありませんでした。ただ、分厚いマスクとフェイスシールドという二重の壁によって、どうしても声が届きにくくなります。だからこそ、いつも以上に「声をしっかりと届かせて、安心してもらうこと」に注意を払いました。
また、初回に、自分たちが必要だと考える処置をすべては行わない、ということが意外に重要です。入れ歯を作ってほしいという主訴であっても、初回は無理に型どりをしない(拒否のない患者さんの場合は、もちろんします)。歯周病の検査やレントゲンも、無理そうだと思えば次回に回す。外来診療では“タブー”とされるような医療が、在宅では功を奏することがあります。これにより、初診時と2回目では全く異なる反応となり、拒否なく診療ができることはよくあります。
患者さんの好きなことを探り、その話題に意識を向けるようにして治療を行うこともよくあります。ある拒否の強かった患者さんのケースでは、その方の出身地にある山に私が実際に登り、その写真をお見せしながら治療を行ったところ、全く拒否なく診察をさせてくださいました。
初診時には拒否が強く、診察させてもらえなかった患者さんと次第に仲良くなり、信頼いただくことは何よりの喜びであり、訪問歯科の一つの醍醐味でもあります。
※ユマニチュード:フランスで開発された、人としての尊厳を最優先するケアの技法