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エビデンスから考える「下り坂」の支え方

8月20日の「在宅医療コア・スタディ」では、武蔵国分寺公園クリニック名誉院長の名郷直樹先生をお迎えし、高齢者の高血圧・脂質異常症について、さまざまな研究結果をもとに考えました。

講演の冒頭で投げかけられたのは、「高齢者とは何か」という問いでした。

同じ80歳でも、登山を楽しむ方と、日常生活に介助を必要とする方とでは、身体の状態も治療の目的も大きく異なります。年齢だけで一括りにせず、自立度やフレイル、要介護状態を踏まえて考えることが、高齢者診療の出発点になります。

高齢者とは誰か

講演は「高齢者とは何か」という問いから始まりました。65歳、80歳、90歳と年齢で区切っても、そこには元気に外来通院できる人から、日常生活に介助を要する人まで、多様な状態の人が含まれます。

治療効果を考えるうえで重要なのは、年齢そのものより、要介護やフレイルの有無です。「年だから治療しない」「高齢でも同じ目標で治療する」と一律に決めるのではなく、その人の健康・機能状態を見る必要があります。

 

降圧治療のエビデンスは一方向ではない

外来通院できる高齢者を対象としたランダム化比較試験では、降圧治療により脳卒中や死亡を先送りできることが示されています。歩いて通院できる程度のフレイル高齢者でも、厳格な降圧が利益をもたらす可能性があります。

一方、ナーシングホーム入所者などを対象とした観察研究では、血圧が低い人や複数の降圧薬を服用する人で死亡が多いなど、反対方向の結果も報告されています。さらに、80歳以上やナーシングホーム入所者を対象にした減薬試験では、降圧薬を減らしても入院や死亡に差がみられませんでした。つまり、フレイルだから必ず減薬すべきとも、血圧は低いほどよいとも言い切れません。

高齢者では血圧変動も大きくなります。起立時、食後、入浴後に血圧が下がることがあり、一度の測定値だけで治療を強めれば、生活の別の場面で下がりすぎる可能性があります。数値だけでなく、ふらつき、転倒、食事や入浴との関係まで含めて見ることが大切です。

 

スタチンは降圧薬と同じようには考えられない

脂質異常症については、高齢者でもスタチンが心血管疾患や死亡を先送りする効果が示され、フレイルの有無による効果の違いは明確ではありません。個別の研究には相反する結果もありますが、「高齢だから」「フレイルだから」という理由だけで中止する根拠にはなりません。

実際、75歳以上を含む観察研究では、スタチン中止後に心筋梗塞や脳卒中などが増える可能性が示されています。一方、余命1年以内の人では、中止により生活の質が改善し、死亡や心血管関連事象に差がなかったという報告もあります。減薬は薬の数を減らすこと自体が目的ではなく、予後、治療の利益、服薬負担、本人の希望を踏まえて考える必要があります。

「明日の健康」より「今日の生活」

医療は病気や死亡を先送りできますが、老いや要介護状態を完全になくすことはできません。名郷先生が示した訪問診療の軸は、「明日の健康より今日の生活」と、回復を目指しながら「下り坂の下り」も支援することでした。

悪化したときに回復を目指す医療を受ける権利がある一方、どこかで医療を受けない権利もあります。歩けなくなれば車椅子を使い、寝たきりになれば心地よく起こす。食べるだけでなく「おいしい」、着替えるだけでなく「おしゃれ」、車椅子に乗るだけでなく「外の景色」を大切にする。生活を犠牲にして健康だけを追うのではなく、衰えの中でも幸せを支えることが介護・ケアの役割です。

何歳の人がいるのではなく、そこには一回きりの人生を生きている、その人がいる。エビデンスを知ることは、数値や病名にとらわれず、目の前の人に必要な医療とケアを選ぶためにこそ重要なのだと考えさせられる講演でした。

講演の最後に語られた言葉が、高齢者診療の本質を象徴していました。

高齢者なんていない。一回きりの人生があるだけ。

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