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〈JUN’s letter〉日本老年医学会「立場表明2025」が示す“人生の最終段階”の新しい視点

在宅ケアに長く携わってきた方は、2012年前後を境に胃ろう造設が急減したことを覚えているでしょう。その背景の一つが、日本老年医学会による「立場表明2012」でした。当時としては非常に革新的で、医学会として初めて治療の不開始や中止に公式に言及した文書です。

 

そこでは、高齢や認知症の有無にかかわらず最善の医療・ケアを受ける権利を強調し、年齢差別(エイジズム)を否定。その上で、胃ろうや人工呼吸器は本人の尊厳や苦痛に十分に配慮して選択すべきと示しました。この提言と診療報酬改定の影響で、胃ろうは「便利な栄養手段」から「延命治療の一選択肢」へと社会的認識が変わり、急速に減少しました。

 

しかし一方で「胃ろう=悪」という単純化も広まり、身体機能回復のために有効な場面で敬遠されたり、むしろ侵襲性の高い経鼻経管栄養や中心静脈栄養が選ばれるなど、本来の意図とは異なる不利益も生じました。

 

そして2025年。日本老年医学会は再び大きな一石を投じました。背景にはACP(Advance Care Planning)をめぐる現場での混乱があります。「ACPをとってきました」という形式的な実践や、目的と手段の逆転といった課題を明確に指摘しています。

 

今回の提言の中でも特に注目すべきは次の5点です。

 

1.「人生の最終段階」の再定義

従来の「終末期」ではなく、本人や家族の物語的な視点と医学的見通しを重ね合わせた「二重構造」で捉えることを提案。

 

2.「本人の満足」をアウトカムに

疼痛緩和や誤嚥防止といった“手段”ではなく、その先にある本人のQOLや幸福感を重視。

 

3.非言語的意向の尊重

認知症などで言語表現が困難な人に対し、表情や態度、バイタルから意向を汲み取る姿勢を強調。

 

4.ACPとSDMの明確化

「自律性」だけでなく、日本文化に根ざした「推し量る文化」や家族関与を踏まえた意思決定支援の重要性を指摘。

 

5.高齢者救急の制度改革要求

85歳以上の救急搬送急増や入院関連機能障害(HAD)のリスクを踏まえ、在宅や施設で急性期ケアを可能にする体制整備を提言。

 

この「立場表明2025」は、単なる医療指針にとどまらず、高齢者の人生の締めくくりに関わる社会全体の倫理・文化課題への包括的な提案です。本人の“物語”や非言語的意向への注目、日本文化に即した意思決定支援など、非常に先進的な内容といえるでしょう。

 

老年医学・高齢者医療は広い意味で「緩和ケア」そのもの。2012年の胃ろう適正化が大きな社会的変化を生んだように、今回の立場表明が、非がんを含めた緩和ケア普及や高齢者救急の在り方見直しに結びつくことが期待されます。

 

ただし、制度化や報酬誘導による形骸化には注意が必要です。胃ろうのときと同様、極端な振れ幅が現場に不利益を生まないよう、冷静かつ実践的に活用していくことが求められています。

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