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「バリアフリー」の罠!? 目先のリスク回避が身体と社会を蝕む実態とは
■JUN’s letter
過保護が身体を弱らせる?バリアフリーの罠
高齢期における身体機能には、使わないと衰えるという典型的な性質があります。段差をすべてなくし、階段を避け、手すりにつかまり、あらゆる動作を電動化するような「至れり尽くせり」のバリアフリー環境は、短期的には転倒の頻度を下げるかもしれません。しかし長期的に見れば、それは高齢者から「必要とされる身体能力」そのものを奪ってしまいます。筋力だけでなく、予測的姿勢制御や、バランスを崩した際にとっさに一歩を踏み出すステッピング反応、さらには二つの動作を同時に行うデュアルタスク能力まで低下させてしまうのです。
あえてバランスを崩す「バリアありー」の科学
これを裏付ける興味深い研究があります。65歳以上の高齢者を対象に、実験室であえて「滑る」経験を24回繰り返したグループと、1回だけ経験したグループを比較した論文です。その結果、24回滑りを経験したグループは、12ヵ月間の転倒者割合が半減(34%から15%に減少)しました。これは外乱負荷バランス訓練(PBT)と呼ばれる手法で、実際にバランスを崩す経験を繰り返すことで、身体が反応性姿勢制御を学習し、保持することを示しています。近年のメタ解析でも、この訓練が通常運動に比べて転倒率を約23%減らすと推定されています。エビデンスとして完全に決着しているわけではありませんが、「転ばない環境」を作るだけでなく、「転びそうになっても転ばない身体」を維持することの重要性を示唆しています。
危険なハザードと良質な挑戦を区別する
では、単にバリアをなくさなければよいのかというと、それほど単純ではありません。暗い廊下に放置されたコードや、滑りやすい浴室の床、認知症の方の動線にある無意味な段差などは、単なる危険(ハザード)であり、これらは徹底して除去すべきです。わたしたちが目指すべきは、事故に直結する危険は排除しつつ、身体への「挑戦や刺激」となるバリアを適切にデザインすることです。
同じ環境であっても、人によってそれが訓練になるか、それともただの事故原因になるかは異なります。自立歩行している75歳にとって10cmの段差はよい刺激になりますが、パーキンソン病や起立性低血圧を抱える90歳にとっては重大な障壁でしかありません。本人の現在の能力より、ほんの少しだけ上の環境要求を設定し、能力の向上に合わせて負荷を柔軟に変えていく。こうした個別のアセスメントと調整こそが、真の転倒予防に繋がります。
社会に蔓延する「目先リスク回避病」を憂う
この議論は、高齢者の転倒予防に限った話ではありません。現在の日本社会全体には、目先のリスクを極端に嫌う「リスク回避病」が蔓延しているように感じます。
先日、オーストラリアのブリスベンを訪れた際、大きく育った樹冠が美しい緑のトンネルを形成し、強い日差しから歩行者を優しく守っている街路樹の並木を見ました。そこには、ただアスファルトの熱に晒される日本の都市とは異なる、本当の心地よさと安心感がありました。一方、日本の街路樹はどうでしょうか。枝が落ちて通行人に当たるかもしれない、落ち葉の掃除が大変だからといった理由で、まるで爪楊枝のように無残に切り詰められたみすぼらしい姿が目立ちます。
目先のリスクを完全にゼロにしようとするあまり、その先にある豊かさや、わたしたちが本来もっているはずの適応力や回復力(レジリエンス)まで自ら手放してはいないでしょうか。危険を遠ざけるだけでなく、不測の事態に耐えうるしなやかさを育むこと。これからの医療やケア、そして社会のあり方において、私たちが常識を疑い、マインドセットを入れ替えるべき重要なテーマです。
