JUN's letter

「診断力でAIに完敗!?」医療・介護に迫るAIの波と、専門職にしかできない“最後の砦”

■JUN’s letter

診断力でAIに勝つことは諦めよう
スーパー病理医、スーパー放射線科医、そしてスーパー内科医。1人の医師がどんなに努力しても、AIの圧倒的な経験値(学習量)には決して勝つことができません。 先日、日本介護支援専門員協会・近畿ブロック研究大会のシンポジウムに登壇し、「医療と介護におけるAI」をテーマにお話しさせていただきましたが、ケアマネジャーの世界にもAIの波は確実に押し寄せてきています。

例えば、健診の胸部エックス線写真から腫瘤をみつける能力などは、AIのほうが熟練の専門医よりも優れています。海外では、内視鏡検査をAIが自動モニタリングし、問題なしと判断すればそのまま経過観察とするような実装も始まっています。

 

AI実装を阻む「責任」の壁
日本でも、一次スクリーニングをAIに任せれば、医療現場の負担もコストも大きく軽減できるはずです。しかし、日本では「医師法」の制約に加え、「もしAIが見逃したら、誰が責任を取るのか」という問題が立ち塞がっています。 患者は「自己責任」を嫌いますし、AIや開発者が損害賠償を被るわけにもいきません。結果として「やはり医師が判断したことにしよう」と足踏みしているのが現状です。

過小診断(見逃し)と過剰診断のバランスをどこで許容するかは、私たちの価値観の問題です。ワクチンの国家賠償制度のように、AIによる見逃しには国が責任をもつくらいのドラスティックな決断をしなければ、医療へのAI実装は進まないでしょう。

 

人間にしかできない「最後の砦」
では、AIが普及すれば人間の専門職は不要になるのでしょうか。 実は、医師を介さずに患者が直接AIに相談した場合、正しい病名や受診先につながらないことが多いという研究結果があります。理由は、患者が自身の症状を正確に言語化できず、AIに必要な判断材料を渡せないからです。

ここに「人間」の役割があります。 患者が上手に言語化できていない部分や、AIが学習対象としていない生活背景(経済的状況、人間関係、就労環境など)を汲み取り、AIが導き出したエビデンスと統合して「最適な選択」を共に考えること。これが、これからの医師の役割になります。

 

AIを「使う」のではなく「育てる」
これはケアマネジメントにおいても同じです。 AIは「標準的なケアプラン」を複数提案することはできても、その人の人生の全体像や「こだわり」「生きがい」を反映させることは、今のところ得意ではありません。

わたしたち対人援助者に求められるのは、利用者の「人生」や「望む暮らし」をしっかりとアセスメントし、AIが提案したプランに「小さいけれど重要なもの」を反映させていくことです。 詳細なインプットと修正を繰り返す中で、AIを「育て」、そしてわたしたち自身もAIが提示する新たな選択肢から学んでいく。そんな「AIと共に成長するスタンス」こそが、これからの時代を生き抜く鍵になるのだと思います。

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