ニュースレター

治療を、暮らしの言葉へ / 中村高浩(悠翔会在宅クリニック横浜、院長)

■在宅医療の究み

 

在宅医療をしていると、医師の仕事は「治療」よりも「翻訳」に近いのではないか、と思う瞬間があります。
検査値や診断名を、そのまま説明しても、患者さんの生活は変わりません。
それらを、その人の日常の言葉に訳し直すこと。実はそこに、診療の核心があるのだと感じています。
ある日、心不全を繰り返す高齢の患者さんに、「塩分は控えてくださいね」とお伝えしたことがありました。
すると奥様は、「先生、うちは薄味だから大丈夫」と即答されました。
ところが、よくよくお話を聞いてみると、毎朝の漬物は欠かさず、味噌汁は一日二杯が日課。どうやら“薄味”の定義が、私の教科書とは少し違っていたようです。


そこで私は、栄養指導の話はいったん脇に置き、こうお話ししました。
「今の体は、塩を貯金箱みたいに溜め込んでしまう状態なんです」
「今は使えないお金を、どんどん口座に入れている感じですね」
すると患者さんは、少し考えてから「それは困るな」と笑いました。
在宅医療では、“正しい説明”よりも、“伝わる説明”が必要な場面が多々あります。
専門用語を減らすこと以上に、相手の生活や価値観に合った“たとえ話”をみつけられるかどうかが、行動変容を左右します。
医学的に高度な判断をしながら、同時に生活者の言葉で話すこと。
その往復運動を、診察室ではなく、生活の場で行う。
そこにこそ、在宅医療ならではの技があり、究みがあるのだと、私は日々感じています。

 

中村高浩(悠翔会在宅クリニック横浜、院長)

ページ先頭に戻る