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〈在宅医療ペディア〉在宅高齢者の99.18%が栄養状態良好? 驚くべき統計の裏側
在宅で療養される高齢者の栄養状態について、公的なデータには大きな乖離が存在します。要介護認定の際に医師が作成する主治医意見書では、在宅高齢者の99.18%に「栄養状態良好」とチェックされています。
しかし、厚生労働省老健局の調査では、在宅高齢者の少なくとも3分の1が低栄養状態にあるとされており、この数字のギャップは深刻です。さらに、「訪問栄養食事指導が必要」とチェックされた患者はわずか0.628%に過ぎず、在宅療養支援診療所の34%から54%が「栄養ケアが必要な患者がいない」と回答している現状があります。
このことから、在宅医が患者の栄養状態を本当に適切に評価できているのか、という重大な疑問が提起されています。
なぜ低栄養の放置が問題なのか
在宅高齢者にとっての低栄養は、誤嚥性肺炎や骨折の重要なリスク要因の一つです。在宅療養を支援する上で、適切な栄養ケアアセスメントは不可欠であり、適切な介入を行えば、体重減少を食い止め、体重や筋肉を取り戻し、肺炎や骨折による入院や死亡のリスクを低下させ、QOLや生命予後を改善するケースも少なくありません。
現状では、低栄養の在宅患者は積極的な介入がなされないまま放置されていることが多いとされています。もちろん、患者さん本人が選択肢を理解した上で積極的な介入を望まない場合はその選択が尊重されるべきですが、回復可能性の有無以前に、栄養状態のアセスメントすらされていないという現状は大きな課題です。
在宅栄養ケア普及を阻む「三重の壁」
在宅での栄養ケアの普及が進まない背景には、主に三つの構造的な課題が存在しています。
1. 医師、ケアマネジャーの無関心:医師による栄養状態の評価不足に加え、ケアプランを担うケアマネジャーの多数も栄養無関心派であり、そもそも訪問栄養食事指導が介護サービスの候補に挙がってこないケースが多いのです
2. 煩雑な契約手続き:訪問栄養食事指導の多くは介護保険の居宅療養管理指導とは別枠で提供されるため、重要事項説明を含む個別の説明と契約が必要となり、手続きが非常に「重厚」になります。これが現場の負担を増やし、患者・家族の心理的ハードルを上げて、迅速なサービス導入を阻んでいます
3. 低報酬:1回約1時間の訪問に対する報酬が約5,000円と低く設定されています。移動時間や準備、報告書類の作成を含めると、栄養指導の報酬だけで管理栄養士の給与を賄うことができず、在宅医療機関への管理栄養士の雇用を阻む要因となっています
構造改革による解決策の提言
低栄養への介入(脆弱性疾患の発症予防)や、退院直後、終末期・状態変化時(安心した生活の支援)へのサポートを強化するためには、制度の構造改革が必要です。
具体的な提案として、栄養アセスメントおよびリスクに応じた適切なケア介入を、入院や入所と同様に医学総合管理料の算定要件とし、未実施減算または実施加算とする仕組みが考えられます。これにより加算分で管理栄養士を雇用し、医師の診療に同行させるなど、訪問栄養食事指導という形態にこだわらない栄養ケア介入が可能となります。
また、医療として迅速な介入を行うため、訪問看護と同様の「特別訪問栄養指示書」を創設し、余計な書類手続きを減らし、患者側の心理的抵抗感を少なくすることが有効でしょう。
栄養ケアの普及は、在宅高齢者の入院依存・介護依存を減らし、QOLや生命予後を改善しうる非常に重要な介入手段の一つです。台湾の在宅入院(HaH)モデルのように、適切な在宅医療は救急搬送への依存を下げ、社会保障費の適正利用化に繋がる可能性があります。
わたしたちは、訪問診療の主たる目的を、疾病の治療ではなく、継続的・計画的な医学管理と多職種連携、そして24時間対応体制の確保により、「患者の療養生活を24時間体制で包括的に支援すること」にあると考えています。
重要なのは、通院可能かどうかといった形式的なルールや、医療提供側の都合ではなく、「患者が必要としている医療サービスを機能するかたちで届けること」です。低栄養問題のような構造的な課題に対し、わたしたちは制度の硬直性を打破し、多職種連携を強化することで、患者価値の高い医療を相対的低コストで提供できる体制の構築を目指します。