ニュースレター
〈となりのゆうとくん〉医師との協働で、患者さんの“生活”をみる訪問歯科/若杉 葉子(悠翔会在宅クリニック歯科診療部 部長)
——歯科診療部の紹介をお願いします。
悠翔会の歯科は現在、常勤の歯科医師が私を含めて4名、非常勤が2名、常勤の歯科衛生士が5名、非常勤が1名、歯科事務が2名、診療アシスタントが5名在籍する大所帯です。歯科の開設は2010年ですが、私は今年で8年目となります。
歯科医師が医師と一緒に働くスタイルがうまくいく秘訣は、「歯科医師が医師と一緒に仕事をしたいと思っている」ことではないかと考えます。当部には、医師と一緒に仕事がしたい歯科医師が集まっているので、この環境をとてもありがたく感じています。
歯科衛生士や医療事務も、電子カルテhomisをよく読み込み、診療前に患者さんの情報をしっかり集めてくれる心強いメンバーたちです。“患者さん愛”も強く、部全体で楽しみながら訪問診療を行っています。
——高齢者の歯科治療には、以前から興味があったのでしょうか。
もともと高齢の方が好きで、東京医科歯科大学(現・東京科学大学)卒業後、高齢者歯科の医局に進みました。当時の同大学歯科には、入れ歯を扱う3つの医局がありましたが、部分入れ歯、総入れ歯、高齢者歯科の3つのうち、高齢者歯科でのみ、入れ歯と病気の両方を学ぶことができました。65歳以上の有病者全員を担当する医局だったので、歯科医師になってからは一貫して、高齢の方を診てきました。
訪問歯科との出会いは、大学院3年目のときに始めたアルバイトがきっかけです。施設と居宅、両方の患者さんを担当しましたが、最初は外来診療との違いに驚くことばかりでした。しかし、経験豊富な歯科衛生士さんに教わるうちに訪問歯科の魅力に引き込まれていきました。この時期、自分にとっての原点となるような貴重な体験を数多くさせていただきました。
当時、医局では、「外来診療ができるようになってからでなければ、訪問診療はしてはいけない」と言われていましたが、始めてみてその意味がよく理解できました。訪問では外来よりも多くの工夫が必要です。治療に時間をかけられず、環境も整わないなか、スピードやリスクマネジメントが求められます。技術が一定のレベルに達していないと難しいのです。患者さんは高齢の有病者ですから、全身疾患への知識も求められます。
高齢者歯科の医局には歯科麻酔専門の先生もいらっしゃって、重症の循環器疾患を抱える患者さんの抜歯なども学んでいました。学内では人気のない医局でしたが(笑)、入れ歯、歯科麻酔、摂食嚥下の教授から指導を受けられる、今振り返ると本当によい環境だったと思います。
その後、大阪大学で2年、再び医科歯科に戻って助教として3年勤務し、悠翔会に入職しました。
——悠翔会での歯科のやりがいは、どのようなところにありますか?
何よりも、医師と一緒に患者さんを診られることが本当に幸せです。患者さんやご家族の情報、医師の診察内容や考え方、検査結果や投薬の内容、看護師さんとのやりとりなど、歯科だけの法人ではまず得ることのできない情報はたくさんあります。それらがhomisでリアルタイムで確認でき、かつ医師に相談しながら診療を進められるところに、非常にやりがいを感じています。嚥下内視鏡検査(VE)やお楽しみの経口摂取は、医師のバックアップなしでは難しいものです。リスクの高い患者さんも、医師との協働だからこそ診ることが可能になります。恵まれた環境で働けていることに、いつも感謝しています。
——診療時にこだわっている点を教えてください。
一つ目は、自分の“正解”を患者さんに押し付けないことです。最初は、歯科医師としてベストな治療を提供することがよいと思っていましたが、経験を積むにつれ、そうではないことを実感しました。患者さんがどうしたいのかを知るために、お話しができるうちにその方の想いを引き出し、多職種で支えていくことが重要だと思っています。
二つ目はコミュニケーションです。「歯科は苦手」という方が多い中、わたしたちの訪問をどうすれば楽しみにしていただけるか、歯科診療部みんなでいつも考えています。ご自宅で実際の食事の様子を見せていただることは少ないため、食べものを持って行くことが多いのですが、誕生日であればケーキ、卵サンドイッチがお好きだと聞けば卵サンドイッチを持って行きます。衛生士も、その方に喜んでいただけるよう工夫しています。
三つ目は、見逃しやすい機能の低下や、食べられていない状況にきちんと気づくことです。その方の“生活”をみて、見過ごしてはいけないリスクに気づけるようにしたいと思っています。
これらに加えて、できるだけその方を最期まで診られるようにしたい。他の訪問歯科クリニックと比較すると、最期までかかわれる患者さんは多いとは思いますが、治療が終了したりお看取りが近づいたりすると、歯科の訪問はそこまでとなってしまうこともあります。ただ、その方について気がかりだった部分は、最期まで診ることでしか答え合わせができません。そのために、歯科の必要性を感じていただくことを意識しながら診療しています。
——最近、力を入れていること、今後取り組みたいことはありますか。
先日開催された法人のグループビジョン会議での、佐々木理事長の「患者さんを待っているだけではだめ」という言葉に触発され、歯科診療部も法人内の医師からの依頼を待つだけではなく、法人外にも働きかけたいと思っています。
最近は、1回目の診察が終わると、担当のケアマネジャーさんに報告に行くようにしています。ご挨拶も兼ねて患者さんの状況をお伝えすると、その後のご依頼や勉強会につながり、自分から動くことの大切さを感じます。
また、現在、歯科衛生士が看護師向けの説明動画の作成を進めています。看護師の気づきを、衛生士に気軽に伝えてもらえるようにしたい。法人内での関係性を、もう一度作り直したいと思っています。
海外の論文を読むなかで、他国の訪問歯科で診るのは「歯」のみで、「食」への関心が抜け落ちていることに気づきました。歯科医師がVEを行うのは日本だけです。歯を残し、最期までおいしいものを食べられるようにする日本の訪問歯科を知ってもらえれば、世界の高齢者のQOLは上がるかもしれません。今後は海外への発信にも力を入れたいと考えています。
若杉 葉子(悠翔会在宅クリニック歯科診療部 部長)