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“The Zaitaku” ー資格や病院経験だけでは太刀打ちできない世界ー/岡田 大輔(悠翔会在宅クリニック越谷、院長)
■在宅医療の究み
夕暮れ時カラスの大群と、あの何とも言えない騒がしくも哀愁の漂う鳴き声を聞くと思い出すことがある。
それは悠翔会在宅クリニック越谷が生まれたばかりの頃のお話です。
在宅の世界に駆け出したばかりの素人集団が、試行錯誤で対峙した肝硬変末期の事例である。独居で、ネグレクトの妻から逃れるように古びたマンションに身を寄せていた。部屋はヤニとアルコールの臭いに満ち、目も見えず、歩くのがやっとの状態であった。
体調が悪くなれば、市が設置した緊急通報システムで自ら救急要請する。元気になると入院継続を拒否し、病院を脱走する。帰宅すれば、再び酒とタバコに溺れる。それを繰り返していた。
ヘルパーからも毛嫌いされ、いわゆるブラックリスト入りの状態であった。行政もケアマネジャーも困り果て、どの医療機関からも断られ、その結果、まだ地域で認知されていなかった我々に話が回ってきた。
介入後、およそ10ヵ月間にわたる命との向き合いが始まった。
漠然とした体調不良の訴えが多く、昼夜を問わず往診が続いた。泥酔状態での診療もあった。枕元のコップの中身は水だと言われたが、実際は大五郎だったり、タバコ一本を吸い終えるのを待ち、紫煙の中で点滴や診察を行ったこともある。吐血しながらカルピスのウイスキー割りを飲み、酸素を吸いながらタバコを吸おうとしたこともあった。
簡単に禁煙・禁酒と言われるが、それは至難の業である。あの手この手で入手し、隠し持つ。
困りごとを馬鹿丁寧に聞き、可能な限り希望に添うように、至れり尽くせり対応した記憶がある。
今思えば、必死に、根気強く向き合っていた気がする。今でいうACPも散々行った。ぎりぎりまで在宅で療養し、傾眠となり、病院で最期を迎えた。
医師や看護師の国家資格をもっていて、病院勤務経験が長くとも、それだけでは太刀打ちできない世界“The Zaitaku”が、確かにそこにはあった。しかし、この事例に係ったことが、地域に認められる起爆剤になったのは間違いない。
マンションの外廊下から見た、乱れ飛ぶカラスの群れは、今でも脳裏に焼きついている。
岡田大輔(悠翔会在宅クリニック越谷、院長)