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〈在宅医療ペディア〉「成人低栄養」が国際病名に!日本の高齢者ケアに何が起こるか?

現場の意識を変える「低栄養の病名化」とその衝撃

この度、WHOとジュネーブのICD-11チームによって、新しい診断コード「Undernutrition in Adults」(成人低栄養、5B72)が承認されました。これは世界の臨床栄養学にとって大きな節目であり、低栄養を病態としてではなく、診断可能でコード化可能な「病名」として扱うことを意味します。主要なICD-11追加項目は2027年から実施される予定です。

特に日本では、高齢化に伴い、要介護高齢者の低栄養リスクが重要な課題となっており、今回の決定は大きな意義があります。低栄養状態は、入院リスクや生命予後に強く関与し、結果として介護度が悪化したり、介護コストが増加したりといった構造的な影響を生じさせます。
「低栄養=診断可能・コード化可能」となることで、医療現場では栄養アセスメント、栄養管理・介入、モニタリングという一連の流れを制度や事業として組み込みやすくなります。これにより、低栄養のスクリーニングや介入がしやすくなり、データとして低栄養の発生率や改善状況を収集・活用することで、栄養ケアの質の向上、標準化、費用対効果評価が進むことが期待されます。個人的には、多剤併用(ポリファーマシー)との関連がより明確になり、特に要介護高齢者においては「薬から食へ」の流れが加速することを期待しています。

しかし、運用上の課題も存在します。ICD-11の追加項目が2027年から実施されても、日本においてこのコードがいつ、どのように臨床記録や制度に浸透するかは不透明です。また、現場で栄養アセスメントや介入体制が整っていなければ、日本が得意な「ただ記録するだけ」になってしまうかもしれません。要介護高齢者では低栄養に加えてサルコペニアやフレイルの併存が多く、複合的な要因が絡むため、コード化だけでなく、実践的なケアパスや早期発見・モニタリングの仕組みづくりが必要です。

低栄養の評価においては、今後はBMI低下・体重減少という従来のイメージだけでなく、筋肉量低下や栄養摂取量低下、疾患・炎症という新しい視点を取り入れる必要があります(GLIMクライテリアなど)。また、診療報酬や介護報酬がこの診断コードをどのように反映させるかも重要です。例えば、心不全治療において、入院中の治療だけでなく、退院後の再入院率やADLの変化なども含めた「バンドルペイメント」で総合的に評価されれば、栄養ケアが治療の一部として認識され、介入率が上がるでしょう。

何より重要なのは、現場の医師の意識改革です。現状、介護主治医意見書の99%に「栄養状態問題なし」とチェックが入るなど、医師の低栄養への関心は非常に低い状況です。今回のICD-11コードの承認は、医師が低栄養という病態に関心を持つ「無知への第一歩」として、不利益よりも利益の方が大きいと考えています。栄養ケアに関心が向く大きな一歩になることを強く願っています。

 

(参考:ひょうごチャンネル https://hyogo-ch.jp/video/6232/?doing_wp_cron=1761887933.3675599098205566406250 )

 

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