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〈在宅医療ペディア〉「痛い」と言えない重度認知症患者。専門家が実践する意外な「診断」と「ケアの裏ワザ」

認知症が進行し、患者が口頭で痛みを訴えにくくなると、痛みはしばしば見過ごされます。慢性痛は高齢者の約40%に存在すると報告されており、認知症患者にとっても最も一般的な症状の一つです。痛みの評価は、うつ病や徘徊、興奮、攻撃性といったBPSD(行動・心理症状)との区別が難しいため、医療専門職にとって大きな課題となっています。また、「認知症であれば痛みや食欲不振は普通だ」と考える専門職側の高齢者に対する偏見や知識不足も、認識されない原因です。

多次元にわたる複雑な痛みを評価・管理するためには、多職種連携が不可欠です。専門家へのインタビューからは、以下の実用的なヒントが導き出されました。

 

1. 早期発見のための観察: 患者は「どこが痛い」と正確に表現できないため、顔の表情、声のトーン、せん妄、わずかな行動の変化などを注意深く観察する観察的疼痛評価がより適切です。徘徊(夜間の頻繁なトイレ訪問)が、激しい痛みを感じているサインである可能性も指摘されています

2. 多職種による包括的評価: 医師や看護師が認知機能の低下に原因を求めがちな食欲不振に対し、介護スタッフは環境の変化や嚥下困難の可能性を指摘するなど、職種間で異なる視点を共有することが、包括的な評価につながります

3. 診断的治療の実践: 痛みの有無や程度を確定することが困難な場合、痛みを想定して試験的に鎮痛薬を投与し、患者の反応を観察する「診断的治療」が推奨されます。これにより、鎮痛薬の投与で患者の表情が穏やかになったり、興奮が収まったりするケースが確認されています

 

介入面では、非薬物療法として「気晴らし(Distraction)」の手法が、慢性的な苦痛を抱える患者に対して提案されています。また、認知症患者は薬物アドヒアランス(指示通りに服用すること)が低下しやすいため、内服や坐薬を拒否する場合は、オピオイドパッチなどの代替手段の選択が有効です。

 

最も見過ごされやすいのが「ケア関連痛」です。重度認知症患者は、痰の吸引や体位変換、おむつ交換などの処置やケアにおいて痛みを訴えにくい傾向があるため、医療専門職は患者が抵抗しないからといって、過度に侵襲的な処置を続けるべきではないと警告されています。

 

さらに、痛み管理は家族介護者が直面する最も大きな負担の一つであり、家族の中には、認知症を進行性で治癒不可能な終末期疾患として受け入れていない場合があるため、「点滴のような苦痛を伴う治療は拷問になりかねない」といった十分な教育と話し合いが専門職によって行われるべきです。

 

多職種による高度な専門知識と、患者・家族に対する深い理解に基づく痛みの評価と緩和は、単なる症状の除去に留まらず、患者一人ひとりの尊厳を守り、質の高い療養生活を支えることに繋がります。

 

三浦久幸(悠翔会ホームクリニック知多武豊・臨床研究センター)の共著「Tips for multidisciplinary pain management in advanced dementia based on expert opinions」より(『Journal of Rural Medicine』Vol.20,No.3掲載)
https://www.j-rural-med.jp/issues/Last_issue.html
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